冬の京都旅行記 (3)

スタッフ:hachi  更新日:2009年2月26日 22:05

京都旅行記 (1) (2)に引き続き、第3回です。

今回向かった先は二条城。
徳川家康の将軍宣下と徳川慶喜の大政奉還が行われたという歴史的な場所です。
江戸幕府の始まりと終焉はここで迎えられたのですね。因果を感じます。
写真は重要文化財の東大手門。この重厚な門を数多の大名がくぐったのでしょう。
なんとドラマチックなことか。

さて、ここでご覧頂きたいのは下の写真。左は京都旅行記 (1)でご紹介した東寺 五重塔の装飾。右は二条城のものです。
一見ハートマークに見えるこの形。何を模ったものか、ご存知でしょうか?
もちろんハートマークではありません。

正解は「かぶら大根」。

お漬物でおなじみのかぶら大根ですが、実は寺や建造物の天井や壁に、食用野菜や薬草を描くことはよくあることなのです。かの沢庵和尚、隠元和尚の逸話があるように、寺院が食文化に及ぼした影響は私達が想像する以上に大きいのかもしれませんね。

順路に沿って広大な城の敷地を巡ると、次に目に飛び込んでくるのは金の装飾に見事な彫刻で飾られた「唐門」。こちらも重要文化財に指定されています。

細部にわたる装飾は見事。
この時点で、私はもはや息を呑むかため息を漏らすかしかできなくなっています。

唐門をくぐった先には、二の丸の中心的建造物である二の丸御殿があります。
二の丸御殿は6つの建物が雁行に並び、各建物ごとに用途の決まった広間あります。それらは廊下で結ばれ一体をなしており、中を見学することが可能。音声ガイドの機械が設置されているので観光客にとても親切です。いたるところに施された金箔の装飾、狩野一門によって描かれた襖絵、表と裏で模様が大きく異なる、巨大欄間の数々。どれをとっても見事で、徳川の威信を感じさせます。

また、私がもっとも心を揺さぶられたのが各広間の使い分け。
関が原以降に徳川に組した外様大名などは、もっとも入り口(外)に近い建物にしか入れません。
譜代、親藩などになるにつれ、ひとつ、またひとつと奥の間へ入ることを許されます。
廊下一本向こうにある奥の間に入ることができるか否か。
それが文字通り、幕府との距離でもあり。

奥の部屋ほど部屋が狭くなり、将軍との物理的な距離がぐぐっと縮まるところがまたいやらしい。

かの司馬遼太郎氏の「関が原」「城塞」に描かれる、徳川家康と本田正信との腹黒い謀略のワンシーンが鮮明に頭に浮かびます。

こちらは城の北西にある天守台からの風景。1750年に落雷で焼失し、現在は天守台だけが残っています。正面に見えるのは本丸御殿とその回遊式庭園。因みに本丸御殿は中を見学することができません。

時間をかけてじっくりお城を堪能した後は、庭園を臨む茶室で一服。
お菓子にお抹茶で700円と割高ではありますが、殿様気分を味わいながら頂くというのも貴重な体験。この旅二杯目のお抹茶です。

また、庭園内で面白いものを見つけました。
あまりに無造作に置かれていたので見過ごすところでした。
私、しゃちほこをこんな間近で見たのは初めてです。ちょっと感動。

将軍滞在の城としては規模が小さい二条城ですが、城は城。その敷地は結構なものです。
史実に興味のある方は特に時間をかけて回ることをおすすめします。


-第4回へ続く-